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東京高等裁判所 昭和59年(う)969号 判決 1984年11月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、各窃盗の点につき被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人二宮忠各作成名義の控訴趣意書(弁護人については同補充を含む)記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官土屋眞一作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一点について

所論は、原判示第一の各窃盗の事実につき、被告人がこれを犯したと認めるに足りる証拠がないのに被告人を有罪と認定した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討するに、原判決は原判示第一の各窃盗の事実につき、遺留指紋等のいわゆる物証はなく、被告人と犯行を直接結びつける証拠としては被告人の捜査段階における自白しかないが、右自白によれば、被告人は右窃盗の各犯行につき詳細で具体的な供述をしており、その内容も自然で被害届や実況見分調書によって認められる客観的状況と矛盾する点もなく、しかも、その中には犯人でなければ知り得ないような事柄も含まれていることが認められるから、右自白は信用するに足ると判示していることが明らかである。

ところで、原判決がいう、被告人の自白中の犯人でなければ知り得ない事柄とは、別表番号一、二及び四のサウナ「スカーレット」における窃盗については、被告人の昭和五八年一二月一日付司法警察員に対する供述調書添付の図面に窃盗をしたロッカーの位置を示すものとして、有罪認定にかかる分の三個ののほか四個のが付されている点で、これについては被害届や実況見分調書は存在しないから被告人の取調に当たった捜査官の知り得ないものであるというのであり、また別表番号三のサウナ「シャルマン」における窃盗については、被告人の司法警察員に対する昭和五八年一二月二〇日付供述調書及び検察官に対する同五九年一月一一日付供述調書(以下、検察官に対する供述調書は「検面調書」、司法警察員に対する供述調書は、「員面調書」という)中の、犯行前二個の鍵を入手しそれを使って二箇所のロッカーを開けたところ、窃取にかかるロッカー以外のロッカーは空っぽであったとしてそのロッカーの位置を添付図面に表示している点で、これも捜査官にとって知り得ない事柄であってとりも直さず被告人が犯人であることを如実に示すものであるというのである。

しかし、犯人でなければ知り得ない事項の自白(いわゆる「秘密の暴露」)とは、自白内容に捜査官が予め知り得なかった事項で捜査の結果客観的事実であると確認されたものが含まれている場合をいい、この場合その自白は真犯人でなければ述べ得ない事項を含むものとして高度の信用性があるとされているのであるが、原判決が指摘する前記の事項はいずれも捜査の結果客観的事実であることが確認されてはいないのであるから、それらは供述の具体性という観点から、自白の信用性を高める要素としての意味を持つことは否定できないものの、秘密の暴露とはおのずから異なるのであって、それらの事項を供述していることから、直ちに自白は高度の信用性を持つとすることは適切を欠くものといわなければならない。

そこで、以下に、他の点を含め被告人の自白の信用性についてさらに検討を加えることとする。

一  サウナ「スカーレット」における三件の窃盗に関する自白について

記録によれば、被告人は詐欺事件について勾留中の昭和五八年一一月一一日すべてを話し一からやり直すとして自発的に八四箇所における窃盗を自白したものであるところ、そのなかにかつて自己が勤務をしていた「スカーレット」における昭和五六年一一月から同五七年一月までの間の六回の窃盗が含まれていたこと及び被告人が原審公判廷においても、「スカーレット」勤務当時四回の窃盗をした旨述べていることが明らかであり、これによれば、被告人が「スカーレット」において窃盗行為をした事実自体は間違いないと認められる。ところが、被告人は、原審公判廷において、自己の勤務当時「スカーレット」においては盗難事件が頻発しており、原判示の三件の窃盗(以下、「本件第一窃盗」という)は、ロッカーの位置からみて自己のなしたものではない旨供述するにいたったものである。被告人が、原審公判廷において、自己が窃盗をしたロッカーの番号は三番、八番、一三番、二四番であると供述している点は、犯行時から既に二年余を経過した時点においてなおそのような具体的な番号を覚えているのは不自然であることなどから見て到底信用できないけれども、当時「スカーレット」において他にも盗難事件があったとする点は当審事実調の結果によっても裏付けられているところであるから、本件においては、さらに、被告人のなした「スカーレット」における窃盗が本件第一窃盗に合致するか否かにつき考察する必要があるものというべきである。

ところで、本件第一窃盗についての捜査の経過をみるに、記録及び当審事実調の結果によれば、被告人は前記昭和五八年一一月一一日の自白後各個の窃盗につき個別的な取調を受けて具体的な犯行の態様等を供述し、「スカーレット」における窃盗についてもロッカーのおおよその位置等を供述したため、これに基づき被告人の取調を担当していた栃木県真岡警察署から「スカーレット」における窃盗事件を所轄する埼玉県大宮警察署に対し右供述に見合う盗難事件が発生しているか否かの照会がなされ、同警察署においては本件第一窃盗がこれに該当するものと判断して、その各被害届及び実況見分調書を真岡警察署にあて送付したものであることが認められる。しかし、右照会は電話によってなされたものと認められるところ、その際ロッカーのおおよその位置等がどの程度の具体性をもって伝えられたかは必ずしも明らかでなく、またこれとの関係で、大宮警察署において照会に見合うものが本件第一窃盗であると判断したことの合理性についても疑問なしとしないのであって(連絡を受けたロッカーの位置等が図面等を伴うものでなく単に電話で伝えられたに過ぎなかったことやサウナ風呂という場所の性質上未届の盗難事件のあることも予想されることなどからみて、右のように判断するについては被告人を被害現場に同行させるなど十分な慎重さが必要であったと思われるが、当審事実調の結果によっても、大宮警察署がそのような慎重さをもって事に当ったとは認められない)、結局、大宮警察署の資料によって、被告人が自白した「スカーレット」における窃盗が本件第一窃盗に合致するとすることについては合理的な疑いを容れる余地が存したものというべきである。

そして、その後における被告人の取調の状況を見るに、被告人は昭和五九年一月五日付員面調書において本件第一窃盗につき詳細で具体的な供述をしており、その内容も被害届や実況見分調書によって認められる客観的状況と矛盾する点は認められない。しかし、いかにかつて自己が勤務したことがある場所におけるものであるとはいえ、本件捜査当時まで他にも多数の同種犯行を行なっていたことが窺える被告人が、約二年前の事柄について右のように具体的かつ詳細な供述をなし、その内容においても被害金額、数量等に関し被害届等とおおむね合致しているということはかえって不自然の感を否めず、後述するように、実際にはこれと同じ日に作成されたと認められる被告人の昭和五八年一二月一日付員面調割が「スカーレット」における窃盗につき概括的な内容を有するにとどまることと対比すると一層その感を深くするものである。記録によれば、真岡警察署の取調官は昭和五八年一二月二三日頃には前述した経過により大宮警察署から送付された右の被害届等を入手していたと認められることをも考慮すると、前記昭和五九年一月五日付員面調書は、取調官において本件第一窃盗の事実を右被害届等の内容を告げることによって具体的に確かめ、被告人が明確な記憶のないままこれを安易に認めたことによるのではないかとの疑問を払拭し得ず、したがって、必ずしも十分信用し得るものとは認められない。またその後作成された被告人の昭和五九年一月一一日付検面調書も右一月五日付員面調書とほぼ同様の内容を有するものであるが、右一月五日付員面調書が基となり、被告人が検察官の面前においてもこれと同一内容の自白を反覆したことにより作成されたものであることを推認するに難くないから、やはり十分な信用性を持つものとは認められない。

なお、被告人は、昭和五八年一二月一日付員面調書添付の図面において、「スカーレット」において窃盗をなしたロッカーの位置として七箇所を表示しているところ、そのうち三箇所は本件第一窃盗にかかるロッカーの位置とおおむね合致していることが明らかであるけれども、原判示のように、右員面及び図面の実際の作成日は昭和五九年一月五日であることが認められるから、すでに考察したところにより、右員面及び図面についても十分な信用性を認めることは困難である。

以上検討したところによれば、被告人の捜査当時の自白によって被告人が本件第一窃盗を犯したものであると認めることは困難であり、かつ他にこれを認めるに足りる証拠はないから、本件第一窃盗につき被告人を有罪と認定した原判決は事実を誤認したものであり、かつそれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二  サウナ「シャルマン」における窃盗について

原判示別表三のサウナ「シャルマン」における窃盗(以下、「本件第二窃盗」という)についても、「スカーレット」における窃盗と同様に、被告人が昭和五八年一一月一一日自発的にこれを供述したものであり、前述した捜査段階における供述の経過や、被告人が当審において「シャルマン」で窃盗したことがあると述べていることからみて、被告人が「シャルマン」において窃盗をしたこと自体は間違いないと認められるが、被告人は、原審公判廷において、本件第二窃盗についても自己のなしたものではないと供述するにいたったものである。そして、当審事実調の結果によれば、「シャルマン」において、そのころ本件第二窃盗以外にも盗難事件が頻発していたことを認め得るから、さらに、「シャルマン」において被告人のなした窃盗が本件第二窃盗に合致するかどうかが検討されなければならない。

ところで、記録及び当審事実調の結果によって認められる本件第二窃盗の捜査の経過は、照会先の警察署が埼玉県川口警察署である点を除き、「スカーレット」における窃盗のそれとほぼ同じと認められ、そこで指摘した捜査上の問題点もほぼそのまま当てはまるものであり、したがって、川口警察署の資料によって、被告人が自白した「シャルマン」における窃盗が本件第二窃盗に合致するとすることについては合理的な疑いを容れる余地が存したものというべきである。

そして、その後被告人は、前記昭和五八年一二月二〇日付員面調書において本件第二窃盗につき詳細で具体的な供述をしており、その内容も盗んだロッカーの位置や被害金額等において被害届や実況見分調書と矛盾する点はないが、「スカーレット」の窃盗に関する供述と同じく、そのことがかえって不自然さを感じさせることを否めない。記録によれば、真岡警察署の取調官は昭和五八年一二月一二日頃には川口警察署が被告人による犯行と認定した本件第二窃盗に関する被害届及び実況見分調書を入手していたことをも考慮すると、右の員面調書は、取調官において本件第二窃盗の事実を右被害届等の内容を告げることによって具体的に確かめ、被告人が明確な記憶のないままこれを安易に認めたことによるのではないかとの疑問を払拭し得ないものがある。他方、右員面調書においては、窃取に用いたロッカーの鍵のうち一個は外に捨て、他の一個は休けい室のテーブル下付近に置いて来たとされているところ、被害者大高鉄広作成の被害届には鍵を紛失した旨の記載は何らなく、また実況見分調書には右大高の説明として「ロッカーの鍵をかけサウナに入り帰ろうと思い更衣室に戻りロッカーを開け背広のポケットに入れておいた財布を見ると現金三万円がなくなっていました」との記載があり、これらは被告人の自白する「シャルマン」における窃盗が本件第二窃盗に合致することに疑問を抱かせるものであり、以上によれば、結局、被告人の右員面調書に十分な信用性を認めることはできない。なお、被告人の昭和五九年一月一一日検面調書は、右被告人の員面調書が基となり、被告人が検察官の面前においてもこれと同一内容の自白を反覆したことにより作成されたものであることを推認するに難くなく、また内容的にも窃盗の用に供した鍵に関連する前述した疑問は依然解消されていないから、やはり十分な信用性を持つものとは認められない。

以上述べたところによれば、被告人の捜査当時の自白によって被告人が本件第二窃盗を犯したものであると認めることは困難であり、かつ他にこれを認めるに足りる証拠はないから、本件第二窃盗につき被告人を有罪と認定した原判決は事実を誤認したものであり、かつそれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二職権判断

弁護人の控訴趣意第二点の所論は、原判示第二の各罪につき被告人に対し懲役一年の刑を言渡した原判決の量刑は重きに過ぎるというものであるが、所論に対する判断に先立ち、職権をもって調査するに、原判決は被告人には原判示のような詐欺罪の累犯前科があり、被告人は昭和五八年九月二二日その刑の執行を受け終り、原判示第二の各罪はその後五年以内に犯されたものとして右各罪につき再犯の加重を行なっていることが明らかである。しかし、記録によっても、被告人が昭和五八年九月二二日に前記詐欺罪の刑の執行を受け終ったものとは認められず、かえって、当審事実調の結果によれば、被告人は、同罪につき同年八月一七日仮出獄を許された後同年九月二日仮出獄中の保護観察を停止されたため、原判示第二の各犯行当時においては同罪の刑の執行を受け終っていなかったことが明らかである。したがって、前記のように原判示第二の各罪につき再犯の加重を行った原判決には法令の適用の誤りがあるものというべく、かつ右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三破棄自判

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り直ちに当裁判所において自判すべきものと認め、さらに次のとおり判決する。

原判決が認定した第二の一ないし三の事実に原判決挙示の法令(但し、累犯加重に関する規定及び併合加重に関する刑法一四条を除く)を適用し、その刑期の範囲内において被告人を懲役一〇月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟資用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

なお、本件公訴事実中各窃盗の点(原判示第一の各事実)については、既に考察したとおり犯罪の証明がないから、同法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡をなすべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原太郎 裁判官 小林充 奥田保)

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